中途失聴・難聴者としての手話
≪つぶやき万華鏡≫
中途失聴・難聴者としての手話
手話は、個人的には、結構頑張っては、います。
でも、ろう者と同じように手話が使えるようになろうなんて思ってもいません。
また、日常の中で、普段は手話を使う場面はほとんどありません。
手話が有効であると実感した場面と言えば、
松本のA救急病院で看護師が手話を知っていらっしゃった、という場面。
「大丈夫!」とか、「待って!」とか、
入院中、ごく初歩的な手話でのコミュニケーションは、
(不謹慎な言い方ですが)、「楽しかった!」
手話の相手が聴者の場合、
こちらが読み取れさえすればコミュニケーションは成り立つわけで、
まずは、聴者の方の、初歩的な手話が読み取れるようになりたい、
というのが、当面の目標です。
講演会や講習会では、手話と要約筆記の両方がつく場合が多いが、
手話は読み取れない。
読み取れるように頑張らねば、という思いや努力は、もう、捨てた。
もうムリ!
日常の、ちょっとしたコミュニケーション手段として使えれば、
それでよい。
手話言語条例に関する私のスタンスは、あくまで後方支援。
ろう者の方々の活動を大いに応援している。
それ以上でも、それ以下でもない。
(ROKU)
2015.4.12
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