2010年10月13日

アベベ

特別寄稿:ハダシのアベベ

中途失聴・難聴者とは、人生の途中までは確かに聞こえていたがどういうわけか途中から聞こえなくなってしまった・・・という者のことである。聞こえていた時代の言葉が「耳に残っている」という現象は難聴者の場合、聴者よりもより感懐深いものがあると思います。音を失ってからの「音声情報」が入ってこないからです。

私は、東京オリンピック(昭和39年)の頃までは確かに聞こえておりました。
私が今でも忘れないフレーズは、東京オリンピックのマラソンの実況中継で15キロ地点で(解説の)高橋進さんのつぶいやいた次のフレーズである。
「速すぎます。これは」
毎年、10月10日が来ると私は東京オリンピックを思い出し、そしてマラソンのアベベ選手の姿を思い出す。

アベベ選手はその4年前のローマで、マラソンをハダシで走った。靴がなかったから仕方なくハダシだったという説もある。
その実況中継はかなり有名で次のようなものだった。
「夕闇迫るアッピア街道、その石畳を踏んでトップと選手が現れました。えーと、誰でしょう。ゼッケン? エチオピアの選手です。名前は、エーと、よくわかりません。いま調べております・・・・」
つまり、アベベは無名であった。ローマオリンピックで優勝して一躍「ハダシのアベベ」として有名になった。

さて東京大会。
号砲一発、マラソンがスタートした。競技場を2周して甲州街道に飛び出していく選手たち。このときアベベは一番最後に競技場を出て行った。(よほどの自信がないとこんな大胆な作戦はとれないですよ)。レースは長身のオーストラリアの選手(1万メートルの優勝者)がハイスピードで引っ張った。
10キロを過ぎたあたりで、いつの間にかアベベがトップグループに加わってきた。
15キロ地点でのラップタイムが速すぎてマラソンとは到底考えられないようなラップを刻んでいた。

このときである。解説の高橋進さんが「早すぎますね、これは」とつぶやいたのは。

「速すぎます。これはマラソンのペースではない。必ずつぶれます」
折り返し点を過ぎたあたりから先頭集団が崩れ出した。
先頭をきっていたオーストラリアの選手が遅れ、その他の有力選手も遅れ始めた。
30キロを過ぎたあたりから、アベベについていける者は誰もいなくなっていた。

アベベは苦しそうな表情は微塵もみせない。うつむき加減に黙々と走っていた。
修行中の禅僧のような、あるいは難しい問題を考えている数学者のような表情。

日本からは、寺沢、君原、円谷(つぶらや)の3選手が出場したがテレビの画面に映ることはほとんどなかった。
先頭のアベベと第2集団との差が大きくなっていた。テレビはトップのアベベと最後尾で走る選手たちを交互に映し出していた。
最後尾には、あまりのハイスピードについていかれずに、道端で嘔吐していたり、へたり込んで、キョトキョトとあたりを見回している選手たちがいた。

35キロを過ぎたあたりでテレビは、ようやく第2集団を映し出した。
そこに胸に日の丸をつけた選手がいたのだ。円谷幸吉選手であった。

アベベがぶっちぎりでゴールした後、かなりの間をおいて、円谷選手が競技場に入ってきた。しかし、すぐその後ろにヒートレーというイギリスの選手がきていた。コーナーを回るあたりで円谷はヒートレーにかわされた。

「あーくやしいナア・・・」と日本全国が、そう思った。
円谷選手は3位でゴールインした。戦後初めてメイン競技場に日の丸が上がった。

多くの選手たちが途中棄権した。競技場にたどりついた選手たちもヨタコヨタクで、ゴールしたとたんにヘタリコム者が多かった。アベベは軽々と整理体操を行い、インタビューにこたえて、こう言った。

「トーキョーのこのコースは実に走りよかった。もう一度行って来いと言われれば今すぐにでも行って来る」
                                                             
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