2016年01月14日
「書いてもらう」ことへの後ろめたさ
≪つぶやき万華鏡≫
「書いてもらう」ことへの後ろめたさ
健聴者(A)と、
話せるけれども文字情報を必要とする聞こえない人(B)
とのコミュニケーションでは、
一方に大きな負担をかけることになります。
(B)は音声で発信し、文字で受け取る・・・・
それに対して(A)は文字で発信し、音声で受け取る・・・・
この負担の”差”は、否応なく、双方に意識させられます。
難聴者が、健聴者に”書いてもらう”ことへの後ろめたさや、
負担をかけてすまないという心理は、
みんな経験していることです。
<後略・・・・>
会員ブログ
’信州の隠れ家より’ から
1月11日記事「つんく♂ とコミュニケーション」より(抜粋)
→http://alps8.blog.fc2.com/blog-entry-1030.html
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2016.1.14 (THU)
「書いてもらう」ことへの後ろめたさ
健聴者(A)と、
話せるけれども文字情報を必要とする聞こえない人(B)
とのコミュニケーションでは、
一方に大きな負担をかけることになります。
(B)は音声で発信し、文字で受け取る・・・・
それに対して(A)は文字で発信し、音声で受け取る・・・・
この負担の”差”は、否応なく、双方に意識させられます。
難聴者が、健聴者に”書いてもらう”ことへの後ろめたさや、
負担をかけてすまないという心理は、
みんな経験していることです。
<後略・・・・>
会員ブログ
’信州の隠れ家より’ から
1月11日記事「つんく♂ とコミュニケーション」より(抜粋)
→http://alps8.blog.fc2.com/blog-entry-1030.html
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2016.1.14 (THU)